初手袋です。
もうだめです。寒すぎますよ。


電車の中で若い学生さんが



( ・ω・)「今日習ったPDFってなんだっけ?」



という会話をしていました。
学校で文書作成の授業のようなものがあったのかな?
確かにPDFでの書類作成や変換は、今や就職したらすぐに必要になる可能性の高いスキルです。
結構実践的なことをやってるんだなーと思っていたら



( ・∀・)「ポータブル、ドキュメント、フォーマット、だよね!覚えた覚えた!」



とのこと。
そういうことなの?
必要無い、とは言いませんが優先順位の低い知識を、さも『覚えておかねばならぬもの』として教えるのは如何なものかと思います。
PDFは『PDF』のまま覚えておいて、それよりも何故重宝されているのかという方を教えるべきではないかと。


いや、きっと学校で教えた訳ではないのです。
もっと知らねばならないことが沢山ある中で、そのようなことを覚えるように仕向ける行為は、少なくとも教育者のやることではないでしょう。


あまり解明されていないことを云々するのはどうかと思いますが、人間の記憶媒体というものは容量に限界があるとアタクシは感じています。
無知は罪だというのは、このブログでは良く使われるフレーズです。
知らねば困ることを知識として頭にいれておくだけでも、大変な時間と労力と記憶容量の空きが必要です。


大人になるにしたがい、古い知識を最新版に更新したり、記憶の一部を忘れることで新たな知識を得たりするとします。
ただ子供の頃に得た知識というものは、脳が『重要度:高』と判断しているのか、なかなか消すことが出来ません。


脳にはいくつもの階層やフォルダのような物があり、記憶と情報を整理して保管しているのだと考えると、何度も移動させたり、更新させたり上書きしているうちに、破損したり消えてしまうものも意外と多いのではないでしょうか。








入れ替えたら減った



仕事で前屈みになった時に胸ポケットからユニコーンボトルがこぼれ落ちたのを同僚に見られてしまいました。



(* ̄∇ ̄)「そんな可愛いのに入れて持ち歩いてるのね♪」



VAPEを正しく認識している同僚だからこそ、これで済んでいますが、胸ポケットに変な容器入れて歩いている人間というのは、かなり怪しいかもしれません。


怪しいと言えばVAPE用リキッドの容量表記。
これ、かなりいい加減です。
ただ、ほとんど例外無く『表記より多く』入っているので、ユーザーとして不満を感じることは無いかと思います。


ただ最近感じるのは、元のリキッドボトルからユニコーンボトルに移し代える時に、元のボトルの内側にリキッドの膜が張られていて、綺麗に全部出てきません。

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そしてボトルからアトマイザーにリキッドを補充する際にも同様のことが起こります。



( ・∀・)「たいした量じゃないしね」



と思っていたのですが、このリキッドを集めると(ボトルの内側の表面積により変化しますが)アトマイザーのタンクが半分以上満たされることがほとんど。
30mlのユニコーンボトルならば1.8mlくらい中に残っていたりします。


つまりは、中身を残さず入れ替え(補充)しなければ、タンク一杯分のリキッドが無駄になるわけですから、これは割と深刻な問題。



( ・∀・)「どうすんの?」



リキッドボトルにシリンジ(注射器)入れて残らず吸い取るのが良いのでしょう。すげー面倒くさいですが。または逆さにしておいて、無駄になるリキッドを最小限にするか。


と、思いだしたのですが、リキッドの内容量の表記。
数字よりも多く入っているのですが、この量というのが、ほぼ無駄になるリキッドの量と変わらない訳です。
そう考えると



( ≧∀≦)「うまいこと出来てるわー」



と感心してしまいます。
根本的には何も解決していないんですけどね。








まとめ



以前、建築の現場で仕事をしていた際に、材料によっては『2種類の材料を正確に1:1で混合&撹拌しなければ硬化しない』というものがあり、はかりとヘラを使い苦労して材料を作った記憶があります(確かエポキシ系塗料だったような)。
飲食店の厨房で仕事をしていた時も、袋入りの液体調味料などはきっちり絞って最後の一滴までも使わないと『レシピの通りにはならない』とのことで、油分の多いものなどは苦労したのを覚えています。


どうも世の中は『容器に残った分』は減る、といった考え方はしないのが普通のようです。


当然と言えば当然なのですよね。
ただアタクシ、家庭ではマヨネーズや歯磨き粉でも、最期の一滴まで使うことが少ないのです。
市販の製品の中で最期の一滴、仮に0.01mgまで完全に使い切ることが可能な容器を採用している商品はひとつも無いように思えます。



(*゚∀゚)「そ、そこまで考えなくても・・」



冷静に考えれば『移し替えることで損をしないものは無い』ということになるのですよね。
ご飯だってお釜から「おひつ」に移すだけで量は減ります。
ガソリンはスタンドで給油しているそばから蒸発していきますし、電気だって充電池に移しておくだけで使用していなくても放電して勝手に減っていきます。


デジタルデータならば実質損失はゼロだと考えるかもしれませんが、移動どころかデータとして使える状態にしておく為には常に電源が必要です。不必要なデータが満載されたサーバが消費する電力こそ地球で最も無駄なものだと思います。


普段意識していなくても、生活の中で様々なものを『移し替えて』いるわけですが、その度に何かが『減っている』と考えると、無駄を無くそうといった考え方の根本が変わっていくのではないでしょうか。