仕事でもプライベートでも二十歳くらいの方と接する機会があると、凄く刺激になるなあと感じます。
こんなことを言うとアレですが『恐れ』『不安』『希望』『楽観』というような年齢を重ねると薄れていく類いの感情がビシビシと伝わってくるのです。


アタクシの二十歳前後の頃は、漠然とした目標や夢があっても、それはとても弱くて小さなもので、もっと大きな恐怖のような感情が全体を覆っていたように思えます。


自分はこの世界ではなんてちっぽけな存在なんだろうか。それに、どんなに何かに一生懸命になろうと、お金を稼ごうと、友達を増やそうとも、最後には死ぬんだから過程に意味は無いんじゃないか。
いや、どうせ死ぬのだから、生きている時に何をやったって構いはしないんじゃないのか?
楽しそうに生きている奴等はそれに気付かない愚かな人間だ。目障りな奴等‥‥



( ´;゚;∀;゚;)「こわいこわいこわい!」



怖いですか?
それほど変だったとは思っていません。
誰もが通る道だと思っていましたが。


ただ、こうした考え方から脱却する方法を教えてくれる人が居ないからなのか、大人になっても先程のような苦しみから抜けられない人も多いように思えます。


今回はそんな方へ向けた記事です。













世界を否定的にしか見れない方々へ



自分にとっての『世界』というものは、何だかんだ言っても自身が認識している範囲に他ならない訳で、例えば遠い外国のとあるお宅のキッチンなんかは、誰かの撮った写真などで、知ってはいたとしても、それはあくまでもそうした場所があるらしいという、二次的な情報のひとつでしかありません。


昔のダンジョンRPGならば、マップを開いて行ったことがある範囲だけが自分の世界です。
もっと下の階層には凄いお宝や強いモンスターが居るらしいということは聞いていても、それは未確認の情報です。


そう考えると



( ・∀・)「じゃあ自分の世界を作っているものは何なの?」



となるかもしれません。


自分がこの世界をどう捉えて、どう意識しているのか、ということが自分の周囲に広く影響を与え、世界そのものを構成していると考えてみましょう。










起点を何処に置くのか?



周囲を見回し、自分が知覚出来る範囲内の、正しいことが確認可能な情報を分析した結果、この世界を否定的に捉えることを選択したならば、貴方自身は自分が認めたくない世界の中心に居ることになるでしょう。


しかし、貴方自ら世界の中心であることを自覚し、自分の周りから世界を構築していく選択をしたならば、貴方が発した言葉、行いが周囲に影響を与え、それが世界そのものとなって広がっていくのです。


両者を比較すればその違いは明らかです。


世界は広いらしい。しかし自分にとっての世界は決して広くない。まずこれを意識することが大切なのだと思います。









貴方が住む世界は自分で作れる



地球や宇宙規模の話ではありません。
あくまでも自分が認識している範囲内の世界。
この小さな世界には、それでも多くの物や人が溢れています。
それらは全て、貴方自身が発した言葉や行動に対してリアクションを起こします。


仮に貴方が優しい言葉を発したならば、彼等は微笑み喜びのリアクションを取るでしょうし、逆に怒りや憎しみの言葉を発すれば、貴方を拒絶するリアクションを取るのです。


世界をデザインするのが貴方自身だとするならば、どんな世界を望みますか?


こんな世界は間違っている!と思っている方が居るのなら、その世界を作った貴方は間違っていないと言えるのでしょうか?


そのことにさえ気づけば、いつでもやり直しは可能です。世界は思っているよりずっと小さいのです。












まとめ



自分には何も無い。
世界から拒絶され、誰も自分を見ていない。


そんな風に考えている方は、まず世界の起点を自分自身に置くことから始めてみて下さい。
自暴自棄になって、自分の世界からも拒絶されていても、まだ遅くはないのです。


自分で世界をデザインし、そこで自分の人生を生きる。


やってみると楽しいものですよ。