日本はいじめ蔓延国。
それを一番分かっているのはやはり日本人であったりします。
学校だけでなく、人の集まる公共施設の壁などには、いじめを無くそうという旨の貼り紙や標語、相談窓口の案内などがほぼ必ずあったりします。


「他人の気持ちが分かる人になりなさい」
「自分がされたら嫌なことはしない」


一度は耳にしたことがあると思います。


もちろん自分のことも把握出来ていないのが人間ですから、他人の気持ちなんて分かる筈も無いのですが、これは心がけを表すもので、この社会で生きていくには所謂想像力というのが大事だよ、と言いたいのだとアタクシは解釈しています。


具体的な話ですが


例えば自分が何か行動をしようとして、その際に発した言葉や行為が周囲の人にどんな影響を与えるのか?ということについて想像し、もしそれが悪い印象や結果を生みそうだと思ったら、そうした行動をしない、または違うアプローチを探してみよう、ということです。


引っ掛かるのはもう一つの方。


つまり自分がされたら嫌なことはしない、というのはどういうことなのか?



( ・∀・)「え‥‥っと、そのままの意味だと思いますが」


では具体的に挙げられますか?
それは他人に本当にしてはならないことですか?











自分がされたら嫌なこと=他人がされたら嫌なこと、では無い



アタクシはコミュ障では無いと自分では思っています。色々な方と機会があればお話したいと思っていますし、楽しそうに盛り上がっている人達が居たら、自分も仲間に入れて欲しいと思います。


世の中には様々なタイプの方が居て、友人の奥様やうちの秘書なんかは、あまり気心の知れない相手からは話し掛けて欲しくはないし、例えそれが好意からだとしてもわいわい盛り上がっているグループから誘われても放っておいて欲しいと思うそうです。


例えば飲み会のお誘いひとつにしても、必ず誘って欲しいと思うタイプと、出来れば誘って欲しく無いというタイプが居ると思います。


恋人に求めるものについても同じで、四六時中イチャイチャしたい人と、そういうのが苦手な人に分かれるでしょう。


そう考えると


『自分がされたら嫌なことはしない』


というものが、いかに無責任かつ不要なトラブルに繋がるものかお分かり頂けるかと思います。


揚げ足取りのような論法かもしれませんが、結局のところこうした考え方は、いじめとは無縁の人が考えたことなんだろう、と思わずにはいられません。


きっと他人の気持ちを想像する力が無かったのでしょう。










まとめ



コロナウイルスの感染対策として居酒屋の取り組みがピックアップされていました。
その内容は、マスクを着用していない人は入店禁止、というもの。


現在マスクが手に入らないのは誰もが知っていることだと思います。普通にお仕事をしている方は、朝早くからドラッグストアに並ぶことも出来ません。
仕事が終わってからお店に行っても棚は空っぽ。


世相を反映して今年は歓迎会や送迎会もやらない企業が多いようです。
そんな中、お世話になった方の異動に合わせて仲間内だけでもささやかに酒宴を、なんて人は居ると思います。


そしてお店の入口で店員が胸を張って


(  ̄ー ̄)「当店はマスクを着用していない方の入店をお断りしております(ドヤ)」


こう言うのです。


果たしてこれは正しいのでしょうか?
アタクシはこれこそいじめだと思います。


※個人的な見解です