娘が腐女子化してるのですが、アタクシにだけ



( ;∀;)「いやー、なかなか買えなかった奴が届いたのよ!見て見て!ぎゃー尊いいぃぃっ!」



と見せてくるのです。
母親に見せると心配されるから、というのですが父親には見せてもいいのか?



( ・∇・)「まあ偏見だけどパパはあんまりそういうの気にしないじゃん」











業種まで言う必要はあるらしい



以前、友人から言われて初めて気づいたのですが、犯罪報道では加害者がホワイトカラーの場合、その職業を『会社員』としていることが多いのに比べ、加害者がブルーカラーだった場合『○○工』『○○作業員』『○○店従業員』などと業種を具体的に明かす傾向にあるのはどういう意図があるんでしょうか?


※加害者に限った話でもない


このあたりを明確にすることで誰が得をしているのかと考えると、別に誰も得していません。もしかしたらそのあたりを知りたいという視聴者が居て、テレビならば視聴率稼ぎの為に行っている、と言えなくもないかもしれません。
しかし逆にブルーカラーの方々からイメージが悪くなった、という不満の声がある筈ですし、どちらかと言えばそちらの方が多そう。


なんか釈然としないので、そのあたりに詳しい方に質問してみたのです。



( ・∀・)「なんで?」
(  ̄ー ̄)「(はっきりした理由はわからないけど)加害者の業種まで明かしているのは、その業種が社会全体の中では少数派だから、だと思われます」
( ・∀・)「絶対数が少ないと明かした方がいいってこと?」
(  ̄ー ̄)「割合だけで見れば視聴者は多数派となります。つまり報道の内容がいかに酷いものでも、自分たちと関わりがないと感じるので、それを知ることで安心に繋がります。あとその方が楽しいと」
( ・∀・)「関わりが無い人の不幸は楽しいってこと?」
(  ̄ー ̄)「下衆な言い方ですが、所謂対岸の火事ということです。自分に関係性が希薄なところで起きることは、ただ単に興味の対象として面白い、と感じるからでしょう」
( ・∀・)「つまり、大多数の視聴者を面白くする為に、少数派の身に起こった不幸は細かく報道する、ということですか?」
(  ̄ー ̄)「でしょうね?特にテレビの場合、それを面白いと思わなければチャンネル変えれば済みますから、面白いと思う人向けにやり続ける傾向になるのかもしれません」



なるほど。
でももう1つ気になるのが、加害者の趣味嗜好に関する報道。
前述の話が正しいのであれば、その内容が社会の少数派の趣味でなければいけないのではないかと。



(  ̄ー ̄)「アニメやゲームのことですかね。今でこそクールジャパンなんて言ってたりしますが、少し前までは少数派の趣味だと世間では考えられていたんです。今は違いますがそれでも細分化されてますよね。マリオやドラクエは多数派で、アダルト要素のある美少女ゲームは少数派と捉えている」
( ・∀・)「まあ家族みんなで楽しむもんじゃないです」
(  ̄ー ̄)「そのあたり新たな線引きが行われているのかもしれません」











いつも槍玉に挙がるサブカルチャーについて



( ・∇・)「犯人の自宅を捜索したところ、大量のアニメやゲーム、マンガが‥」



その作品のタイトルや内容などは(正確さはともかく)ネットニュースなどで順次判明。
その後その作品に対する批判的意見や偏見が起こると、その反対意見が沸き上がり



( ・`д・´)「作品に罪は無い!」



となり、あとは収束へ、というのが一般的な流れ。


実際のところ、アニメやゲーム、マンガがその人間の行動や思考にどれだけ影響を与えるのか?というのはデータもク○もないので説明の方法がありません。


ただアタクシが思うのは、どんな作品でもそれを受け取る側によっては影響を及ぼす。影響が無い筈がない、ということ。



( ・`д・´)「ほら見ろ!事件を起こすような奴らは悪い作品に影響を受けたんだ」



いや、これは酢豚のパイナップルと同じことです。
酢豚にパイナップルが入っていた時に、美味しそうと感じるか、勘弁してくれ‥と感じるかの違いです。
勘弁してくれと感じた人がイライラして暴れたとして、そしてその原因がパイナップルにあったとしても、パイナップル自体には人間を狂暴化させる成分は含まれていません。


人間は触れてきたアニメやゲーム、マンガなどから影響は受けるが、それによる効果は特定出来ない。
そしてその作品そのものには、その効果を促す要素が見当たらない、という感じです。








禁書幻想



アニメやゲームが市民権を得る前、オタクという概念すらあまり無かった時代。
加害者の行動をその趣味嗜好から導きだす、なんていう下衆な行為が無かったのか?と言えば答えはNO。



( ・∇・)「犯人は○○(有名な文学作品)を愛読書としており‥」



なんて報道は普通にあったようです。
ただ、作品自体が有名で誰でも読んだことがあるようなものなので、視聴者的には



( ・`д・´)「真面目に働かないで本ばっかり読んでるとこうなる!」



みたいな解釈だったらしいです。
ただ、アタクシが父や親戚から聞いた話の中で


大人になってから読んではいけない本


というのが出てきて、ちょっと驚きました。
その話をした時に年配の方々が皆さん、うんうん、と頷くのです。
世代の共有された認識、とでも言えば良いのか?
その認識を疑わない雰囲気というのがあったのです。


もしかしたら


こうした『禁書幻想』のようなものが、現代にも形を変えて残っていて、それがアニメを始めとしたサブカルチャーへの偏見の元となっているのかもしれません










内容は知らずとも



いくつか作者名も挙がって、その作者達も遥か昔に亡くなっているので直接的に問題は無さそうなので、まあいいかな‥と思いますが、大人になってから読むな!という本というのは、全て『哲学書』です。



( ・∀・)「そんなもん読まねーよw」



まあ、物語では無いので、興味が出ないとなかなか手にすらしない部類の本ではありますね。


その中でも特に読むなと指定されているのが(読んだことが無い人でも口を揃えて言うのが)



( ≧∀≦)「ニーチェ先生」



ああ‥(言いたいことはわかる)


確かに初めて触れるものがニーチェだったなら。
何度も読まないと理解出来ないだけに、曲解したまま何度も読んで、周りが見えないくらい傾倒してしまったら社会的にはかなり面倒な人間になりそう。


その他の哲学書について(アタクシも読んでないからわからん)も似たようなものらしい、とのこと。



( ・∀・)「でもさ、仮にやらかし読みをしたとしても、肯定的な生き方というか、そっち方面の本だし、受け取り方が特殊だったとしても、口を揃えて禁止するようなもんじゃないと思うけど」



今回の最大のポイントはそこ。
戦中、戦後の経験者の方々が実際に内容を知らないにも関わらず幾つかの哲学書を名指しで禁書扱いしていて、それを誰も疑わない。


これって異常なことだと思います。
作為的な何かを感じてしまいますよね。


もしかしたら


この混乱期、国民に変な知恵をつけさせたく無い、みたいに考えた政府かGHQあたりが流した話なのかもしれません。これ以上は確認出来ないのであくまで推測ですけど。









まとめ



犯罪者に対する報道内容に対して感じていた疑問。
これについて原因となるものを遡って考えてみた、というのが今回の記事です。
暇つぶしになりましたでしょうか。


そういえば最近のBLは需要と供給のバランスがひと昔前と比べてとても良くなっている印象です。見た目もキレイで質も上がっています。昔ながらのホチキス本もちゃんとあるらしいですが、この多様性が全体レベルの向上に繋がっているのかなと感じます。
商業誌も負けてられませんね。


ちょっとだけ読みましたが、流石にここでは書けません。